生きていると、「何のために生きるのか?」「人は何のために生まれて死ぬのか?」という疑問を感じることもあります。
私自身もごく稀に感じるときがあるのですが、あまり深く考え込まない方がいいですね。
考えすぎると迷宮入りしますし、心がドンドンと重たくなっていきます。それでも、考え込んでしまうときはこんな感じでブログに書いてみましょう。
目次
何のために生きるのか?と感じたらアンパンマンの歌を思い出す
「何のために生まれて、何をして生きるのか、答えられないなんて、そんなのはいやだ!」
このアンパンマンの歌詞は1番ですが、アニメ放送では2番の歌詞が流れました。
「何が君の幸せ、何をして喜ぶ、分からないまま終わる、そんなのはいやだ!」
普通なら1番の歌詞を流すのですが、ターゲットが小さな子供のアニメでは、あまりにも難しすぎるという理由でカットされたそうです。
確かに大人でも難しすぎてよくわかりません。何のために生まれて、何をして生きるのかが答えられない大人はたくさんいます。もちろん、私も答えられません。
わからないからこそ生きているのですが、こういうことを考え込むと本当に不毛になりますよね。
アンパンマンの2番の歌詞にヒントがある
アンパンマンの2番の歌詞の冒頭にある「何が君の幸せ、何をして喜ぶ」の部分がヒント。
何が幸せと感じて、何をすれば楽しいかは人それぞれ。だからこそ、答えは1つだけではありませんし、時間の経過とともに変わっていってもいいのです。
ブログを書いて楽しいと感じれば、それが生きる喜びですし、そのブログを書くために働くのも理由の1つです。
ブログで稼ぐ人は年々増えていますが、別に専業になる必要はありませんし、サラリーマンなどで働きながら書けばいいのです。これといった正解や決まり事はないですからね。
何のために生きるのか?も人それぞれ
何のために生きるのかは本当に人それぞれです。
何となく考え込んでしまったら、過去の自分や家族、親戚の生き方を見つめ直すのはおすすめ。
今現在、自分の祖母や祖父がまだ健在ならば、理由がなくても会いに行くのがいいですね。場所や環境によっては難しいかもしれませんが、可能な限り行動してみると人生観が変わるかもしれません。
私は以前、約10年振りに祖母と祖父に会いに行ったのですが、人生観が少し変わりました。懐かしさもありましたが、ふと帰り際に変な意味ではなく、祖母と祖父は「何のために生きているのだろう」と感じました。
欲しいものは何もないという祖母と祖父
私は孝行したくて祖母と祖父に「何か欲しいものはない?」と聞きました。
二人とも笑いながら「何もない」といいます。祖母は冗談で「お金!」と言いましたが(本気かもしれない)、やはりとくに何もなさそうでした。
祖父は「もうすぐ死ぬから別に何もない」と明るく話します。
私はその時に人生を謳歌すると欲がなくなるのかな?と思いましたが、それなら今現在は「何のために生きるのか?」という疑問が湧いてきました。
生きるのではなくて「生かされている」
久しぶりに祖母と祖父に会って人生について考えさせられました。とくに祖父は昔から多くを語らない人でしたが、生きるのではなくて「生かされている」ということを教えられた気がします。
孫に会えるのが嬉しいというのは何となくわかるので、欲しいものはないけど「こうしてたまに私(孫)と会って話す時間が欲しい」ということは伝わります。だから、これからはできる限り会いに行きます。
生かされているからこそ、こういう時間を過ごしていける。人生は本当に難しいですけど、時間の経過は待ってくれませんね。
何のために生きるのか?人は何のために生まれて死ぬのかを疑問に感じた人へのまとめ
結局、こういうことをどれだけ考えても答えは出てきません。
出てこないからこそ、生きていく。きっかけは何でもいいんです。私のように久しぶりの再会で感じたことをブログに書いて、また考えるのもまた人生。
何となくこのブログ記事を読んで、同じように考えるのもまた人生です。
こんな感じのまとまりがない記事内容も、この「何のために生きるのか?」「何のために生まれて死ぬのか?」という重たいテーマの偉大さが感じる今日この頃です。
あわせて読みたい!
👉人生を楽しむ「名言3選」から気づく!趣味で思いっきり生きる方法
[blogcard url=”https://www.inoue311.com/enjoy-life”]👉人生を謳歌するには意味など考えない!楽しく生きる3つの大切なこと
[blogcard url=”https://www.inoue311.com/life-praise”]何のために生きるのか?人は何のために生まれて死ぬのかを疑問に感じた人へを最後まで読んで頂きありがとうございます。